詳細解説
業界別IoTシステムの活用例
海運

第11回
海運業のDXとGX、持続可能な物流ネットワークへの変革

国内外での大量物資の運搬を担う海運業は、日本の国民生活と経済活動にとって欠かせない存在であり、輸出入貨物の99.6%を担う巨大産業でもあります。いま、その海運業には、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」と「グリーントランスフォーメーション(GX)」の推進が強く求められています。その背景には、国際的な環境規制の強化、国内での深刻な労働力不足、さらにはグローバルなサプライチェーンでの競争力強化という課題が存在します。

海運業のDXとGXが強く求められている

環境規制と労働市場の圧力

国際海事機関(IMO)は、船舶からの温室効果ガス(GHG)排出量を2050年までにネットゼロにするという極めて野心的な目標を掲げています。これを受けて、重油を燃料とする従来の船舶は、運航が困難になるリスクを抱えるようになりました。

また、国内では、「物流の2024年問題」に象徴される労働力不足が深刻化しています。トラックドライバーの不足を補うため、陸上輸送から船舶・鉄道輸送へとシフトする「モーダルシフト」に期待が集まっていますが、頼みの綱である海運・港湾の現場もまた、人手不足と無縁ではありません。この矛盾を解消するには、デジタル技術の活用が不可欠です。

海運業にDXとGXを迫る2つの要因

ただし現状では、海運業界でのDXとGXの取り組みは、他業界に比べて進んでいるとは言い難い状況です。海運業では、伝統的に個々の船舶や港湾ターミナルが独立運営される傾向が強く、企業間や官民の間で足並みをそろえた業務改革が困難になりがちです。

船舶のDX:技術的アプローチと具体的取り組み

こうした状況を打破すべく、近年、政府主導による「サイバーポート」の構築や、大手海運3社による巨額の環境・デジタル投資が加速しています。

船舶のDXのアプローチは明確です。「情報の孤島」であった船舶の運用を、高速通信網とAIを駆使し、陸上の物流ネットワークに完全同期させることです。

例えば、AIによる自動運航技術です。海難事故の約7割は、見落としや判断ミスといった「ヒューマンエラー」に起因すると言われており、この課題の解決に向けて導入が期待されています。レーダー、高精細カメラ、LiDAR(レーザーによる検知・測距装置)などの多様なセンサーから得た情報を統合し、周囲の船舶や障害物をリアルタイムで認識。AIが最適回避ルートや燃費効率の良い航路を瞬時に計算し操船をサポートします。日本財団が進める無人運航船プロジェクト「MEGURI2040」では、世界に先駆けて自動運航の実証実験が行われています。

また、こうした船舶のDXを支えるインフラとして、低軌道衛星通信(Starlinkなど)の活用が急速に広がっています。洋上でも陸上と変わらないブロードバンド環境が確保され、船体データのリアルタイム送信が可能となりました。これによって、クラウドと連携させた高度な「予防保全・予知保全」が実現するだけでなく、最新の気象・海象データと、船体の喫水や姿勢などのデータを組み合わせた「燃費最適化」もできるようになりました。AIが、最も燃料消費が少なく、荷傷みのリスクが低い航路を提案するのです。さらに、船舶の状態を仮想空間に再現する「デジタルツイン」技術の導入も進んでいます。

船舶のDX、情報の孤島から陸上と同期するデータノードへの移行

船舶のGX:次世代燃料と環境技術

一方、船舶のGXは、長年主役であった重油から、燃焼しても二酸化炭素(CO2)を排出しない、あるいは排出量を極限まで抑える「次世代燃料」への完全な転換を目指す取り組みが中心です。単なる動力源の入れ替えだけでなく、燃料の製造、輸送、貯蔵に至るサプライチェーン全体の再構築も必要になってきます。

現在、将来のゼロエミッション船舶の燃料候補として、主に水素、アンモニア、メタノール、そして移行期の燃料としてのLNG(液化天然ガス)が挙げられています。アンモニア燃料は、燃焼してもCO2を排出しないため、最も有力な候補の一つです。

船舶のGX、重油からの脱却と次世代燃料への移行ロードマップ

LNG燃料は、重油に比べてCO2排出量を約25%削減することが可能であり、硫黄酸化物(SOx)をほぼ排出しないため、現実的選択肢として急速に導入が進んでいます。将来的に合成メタン(e-methane)に置き換えることで、既存のLNG船の設備を活かした脱炭素化が可能になります。

さらに、水素燃料は、究極のクリーン燃料として期待されています。小型船や沿岸航行船での活用から始まり、2027年には実証運航が予定されています。これらの動きを支えるのが、NEDOのグリーンイノベーション基金を活用した、国産エンジンの開発です。2026年の実証運航、2028年までの可能な限り早期の商業運航を目指すという計画が進められています。

このように、外航船が長距離航行のために燃料転換を急ぐ一方で、日本国内の沿岸や内海を航行する「内航海運」では、蓄電池を動力源とする電動推進船(EV船)の導入が進められています。電動化された船舶は、従来のエンジン(機械制御)に比べてデジタル制御との相性が良く、IoTを活用した遠隔監視や自動運航システムの導入が容易になります。また、大容量の蓄電池を搭載したEV船は、災害時などに「動く蓄電池」として被災地へ電力を供給するBCP(事業継続計画)対策としての役割も期待されています。

また、興味深いアプローチとして、デジタル制御技術の進化を背景にして、かつての「帆船」のような風力を活用した推進技術が、最新の科学技術を伴って復活してきています。コンピューターが風向きと風速を検知し、自動で最適な角度に調整する巨大な硬質セイルの技術開発です。これを既存の船舶に搭載することで、主エンジンの負荷を減らし、数%から十数%の燃費向上を実現します。風力推進は、燃料を問わず追加的なエネルギー源として機能するため、次世代燃料船と組み合わせることで、さらなる排出削減を狙うハイブリッド運航の主軸として期待されています。

ハイブリッド推進、風と電気を活用した新しい航行技術

港湾設備・業務のDXとGX:次世代型拠点の構築

船舶そのものだけでなく、陸側の拠点である港湾の設備・業務のDXとGXも進められています。港湾は、船舶、トラック、鉄道、そして荷主企業が交差する物流の心臓部です。ここでのDXとGXは、海運業界全体の生産性を左右する極めて重要な要素となります。

これまで日本の港湾では、多くの事務手続きを紙、電話、FAXに依存しており、それが物流の停滞や作業の重複を招く大きな要因となっていました。これらの民間事業者間の手続きを一元化し、電子化することで効率化を図る港湾DXのプラットフォームが、国土交通省が構想している「サイバーポート」です。実証結果では、その導入によって、港湾物流手続きにかかる時間を最大60%削減できることが示されました。例えば、船社、海貨業者、倉庫業者の間でブッキング情報や入庫確認情報をリアルタイムで共有すれば、データの再入力が不要になり、ミスも激減します。

港湾のDX、アナログな手続きを排除する「サイバーポート」

さらに、税関への申告などを行う公的システムであるNACCS(輸出入・港湾関連情報処理システム)とサイバーポートの連携も構想されています。輸出入許可が下りた瞬間に現場の作業計画に反映されることで、トラック手配や貨物搬出がスムーズに行えるようになり、トレーサビリティの確保も可能になります。荷主は自らの貨物の現在地やステータスをオンライン上でリアルタイムに把握できるようになります。顧客サービスの向上とともに、到着時間の正確な予測は、過剰在庫の削減や欠品防止といった在庫管理の最適化も実現します。

一方、港湾のGXでは、港湾そのものを脱炭素化し、水素やアンモニアなどの新エネルギーの供給拠点へと変貌させる「カーボンニュートラルポート(CNP)」の構想が、全国の主要港で具体化しています。

まず、コンテナターミナルで貨物を動かすガントリークレーンやトランスファークレーン(RTG)の電動化です。また、客船に代表されるように、船舶は、停泊中も船内の照明や空調のためにエンジンを動かし続けています。これを港側のコンセントから電気供給する陸上電力供給(AMP)方式に切り替える取り組みも始まっています。2028年までに、主要なコンテナバースでの設置を最大限進める計画です。さらに、港湾を新エネルギーの供給拠点として用いる構想もあります。大規模な水素・アンモニアの貯蔵タンクやパイプラインを整備することで、船舶への燃料供給(バンカリング)だけでなく、臨海部に立地する火力発電所や製鉄所などの脱炭素化を支える、エネルギー基地としての機能強化が進められています。すでに、北九州港や名古屋港などでは、隣接する産業部門と連携したサプライチェーンの構築が検討されています。

港湾のGX、カーボンニュートラルポート(CNP)構想

海運業でのDX/GXの将来展望

海運業界のDXとGXは、密接に絡み合いながら、物流の形そのものを変えていくことになりそうです。

DXによるデータの可視化が進むと、貨物一つひとつの輸送過程で排出されたCO2の量が正確に算出できるようになります。これは、製品のライフサイクル全体での環境負荷を重視する消費者や投資家にとって不可欠な情報となります。海運企業は単に「運ぶ」だけでなく、「いかに環境負荷を抑えて運んだか」というデータを荷主に提供することが求められてきています。そのデータが、運賃や契約の決め手となる時代が到来しつつあるのです。日本郵船や商船三井などの大手各社は、この新しい価値基準に基づく市場でリーダーシップを握るため、巨額の投資を行っています。

海運業におけるDXとGXは、国際的な規制強化の潮流や労働力不足という逆風を、産業構造そのものをアップデートの好機と捉えた挑戦だと言えます。この変革を成功させる鍵は、個々の企業内での取り組みに留まらず、サイバーポートのようなプラットフォームを通じて、官民、そして国境を越えた「データの共有」と「エネルギーの協調」を推し進めることにあります。

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※本文中に™ および ® マークは表記していません。
※図は、米Googleの生成AI「NotebookLM」を利用して筆者が作成したものです。

プロフィール

伊藤 元昭氏 株式会社エンライト 代表

技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、コンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動などを経て、2014年に独立して株式会社 エンライトを設立。