- 詳細解説
- 業界別IoTシステムの活用例
第10回
都市OSの活用によるデータ連携で、
社会課題を効果的・効率的に解決
現代都市が抱える物流や災害対策といった複雑な社会課題を解決するため、多くの政府・自治体がデジタル技術の活用とスマートシティ化を推し進めるようになりました。しかし、分野ごとのデータが連携できない「縦割り(サイロ化)」が障壁となって、その効果が限定的にとどまってしまう問題が顕在化してきています。 今回は、このサイロ化問題を解決する中核インフラ「都市OS」の役割と、デジタルツイン・世界モデルといった最新技術による未来の展望を解説します。
現代の都市では、魅力的な生活やビジネスが日々生まれている一方で、物流、交通、治安、災害対策の根深い社会課題が深刻化しています。加えて日本では、労働力不足や社会保障・福祉の不十分さ、インフラの老朽化なども顕在化してきています。
これらの課題は複雑な要因が絡み合って引き起こされているため、人の力だけでは解決が困難です。このため、デジタル技術を積極的に活用する動きが活発化。データに基づいて都市を管理・運営・制御する「スマートシティ」や、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の実践に取り組む国や自治体、サービス提供企業が増えてきています。デジタル技術を活用すれば、人間の認知能力を超えるような複雑な課題であっても、AIやコンピュータを使って24時間365日、安定的かつリアルタイムで処理できます。
ただし、デジタル技術の効果を最大化するには、いくつかの解決すべき問題があります。中でも、分野ごとの個別システムが連携できない「縦割り(サイロ化)」の解消は最大の課題です。今回は、こうした課題を解決するデジタル情報処理基盤である「都市OS」の役割と効果、そして新技術による将来の展望を紹介します。
解決基盤としての都市OSの役割
都市OSとは、スマートシティの中核を担うデータ連携基盤です。センサーやカメラなどの多様なハードウェアとアプリケーションをつなぎ、都市内の膨大なデータを管理・仲介する役割を果たします。その主な目的は、メーカーやベンダーごとに異なる規格を吸収・標準化し、データの「相互運用性」を確保することにあります。標準化されたルール(APIなど)を用いて、分野や組織を越えてデータをスムーズに連携させます。
都市OSの活用で、以下のような効果が期待できます。
まず、クロスドメインによる価値創出です。異なる分野のデータ(例えば、リアルタイムでの人流と公共交通の運行状況など)を掛け合わせ、混雑緩和や災害時の避難誘導といった高度な複合サービスの提供が可能になります。次に、サービスの再利用性(ポータビリティ)。データ形式や接続仕様が標準化されるため、ある都市で成功したソリューションを、低コストかつ迅速に他の都市へ横展開できます。そして、イノベーションの加速。企業や住民が公開データ(オープンデータ)を安全かつ容易に利用できる環境が整い、民間のアイデアによる新サービス開発が促進されます。
このように都市OSは、都市全体を一つのプラットフォームとして機能させ、データ駆動型の効率的なまちづくりと市民のQoL(生活の質)向上を支えるデジタルインフラなのです。
都市OSの活用で、より付加価値の高いMaaSを実現
都市OSが、特にその威力を発揮するのが交通分野です。都市OSを活用すれば、交通データと、医療・商業・エネルギー・行政などの異分野データを連携させたサービスを提供できます。都市生活者に適切な移動手段を提供するサービスはMaaS(Mobility as a Service)と呼ばれます。MaaSを実現することにより、単なる移動手段の検索・決済統合を超えた、複合的な社会課題の解決が可能になります。
まず、環境負荷の低減と渋滞解消です。都市OSが集約するリアルタイム情報に基づき、AIが最適な移動手段やルートを提案(ダイナミック・ルーティング)。特定の道路への集中を防ぎ、CO2排出を削減するグリーンな交通体系が実現します。
また、移動弱者の支援と健康増進も可能です。例えば、病院の電子カルテや予約システムと連携した「診察時間に合わせたオンデマンドバスの自動配車」を実現。高齢者の免許返納後の「足」を確保するだけでなく、商業施設と連携した外出促進(歩数に応じたクーポン配布など)により、予防医療の観点からも効果が期待できます。
さらに、地域経済の活性化です。移動データと消費データを掛け合わせ、観光客や住民を特定のエリアや店舗へ誘導し、街全体の回遊性を高めることができます。
FIWAREとスマートシティリファレンスアーキテクチャ
都市OSには、いくつかの標準仕様があります。広く利用されているのが、欧州連合(EU)の官民連携プログラム(FI-PPP)によって開発・実証されたオープンソース基盤ソフトウェア(ミドルウェア)「FIWARE(ファイウェア)」です。現在は非営利団体「FIWARE Foundation」が管理しています。
FIWAREは、異分野のデータを共通規格で一元管理し、横断的に利用できるようにする「仲介役(ブローカー)」として機能します。これは、IoTセンサー・スマートフォン・既存ITシステムなどの下層システムと、市民向けアプリ・分析ダッシュボード・AIシステムなどの上層システムをつなぎ、データの収集・管理・配信を行うハブとなります。FIWAREでは、「コンテキスト・ブローカー」と呼ばれる機能がこの役割を担っており、多様なシステムやセンサーからのデータを国際標準の通信インタフェース規格である「NGSI」で統合・管理します。
FIWARE導入のメリットは、オープンソースであるため特定のIT企業に依存する「ベンダーロックイン」を回避できること、そしてAPIが共通化されているため、他都市で作られたアプリを容易に再利用できる点にあります。日本でも内閣府が推進する「スマートシティリファレンスアーキテクチャ(設計図)」において、都市OSの推奨構成要素の一つとしてFIWAREを挙げています。既に高松市(香川県)や加古川市(兵庫県)など多くの先進自治体が採用しており、国内のデータ連携基盤のスタンダードになりつつあります。
情報処理技術のさらなる高度化「デジタルツイン」と「世界モデル」
さらに、FIWAREなどの都市OSの有用性を高める発展技術があります。「デジタルツイン」と、「世界モデル」です。
デジタルツインとは、現実世界の物理的なモノや環境の情報をIoTなどで収集し、仮想空間上に「双子」のようにリアルタイムで精緻に再現する技術です。現実では実施困難なシミュレーションを、仮想空間内で安全・迅速・低コストで行える点が最大の特徴です。
都市OSとデジタルツインを連携することで、「現状の可視化」と「未来のシミュレーション」を融合した高度な都市経営が可能になります。街の状態を即座に把握し、その環境下で災害発生や都市開発のシミュレーションを行い、最適な避難ルートや交通規制を導き出します。予測結果をインフラ制御(信号機など)にフィードバックし、トラブルを未然に防ぐことができるようになる可能性もあります。
ただし、デジタルツインでの管理・制御対象は、既に明文化・定式化できている現象や、発生を想定できる事象のみに限られます。システム開発者がモデル化できない現象や事象は扱えません。一方で、こうした問題を解決する技術が世界モデルです。
世界モデルとは、現実世界のデータをAIが自律学習し、世界の仕組みや因果関係を経験則的に見つけ出すことで、シミュレーション環境を構築する技術です。都市OSと世界モデルを連携活用すると、未知の状況に対する予測精度と対応力を飛躍的に向上させられます。前例のない複合災害や突発的なパニックなどが起きた際も、AIが次に起こることを高精度に予測。数千通りの未来を瞬時に試行し、最適解を都市OS経由で社会インフラの管理・制御に反映させることで、想定外の危機にも即応できる強靭な都市の実現が可能になります。
現代都市の複雑な社会課題を解決するうえで、行政や社会インフラでのDX、そしてスマートシティの構築・運用は不可欠になります。都市OSの有効活用が、課題解決に向けたシステムの構築と、付加価値の高いサービスの創出を後押ししそうです。さらに、デジタルツインや世界モデルのような最新技術を逐次導入することで、都市での生活やビジネス、社会活動は、より豊かで、安全・安心、効率的なものへと発展していくことでしょう。
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プロフィール
伊藤 元昭氏 株式会社エンライト 代表
技術者として3年間の半導体開発、日経マイクロデバイスや日経エレクトロニクス、日経BP半導体リサーチなどの記者・デスク・編集長として12年間のジャーナリスト活動、コンサルタントとして6年間のメーカー事業支援活動などを経て、2014年に独立して株式会社 エンライトを設立。
